大阪府池田市の田村商会グループホームページへようこそ!このページは阪急池田駅・阪急石橋駅・北摂・阪急宝塚沿線の不動産情報・住宅情報発信サイトです。賃貸マンション・貸家・月極駐車場・駐車場・貸店舗・貸事務所・賃貸情報を提供する賃貸管理を専門とするアミティーハウス、売り土地・新築戸建・中古戸建・住宅・中古マンション・収益物件などの売買物件を提供する創業昭和24年の田村商会で組織されています。

3代目奮闘記その1

私が5年間務めた不動産会社アーバンライフ(株)を退職し、(株)田村商会に就職したのが今からちょうど10年前の4月末でした。サンシティ池田1階に事務所を購入し、改装工事を終えた頃であり、事務所移転の段取りや新しい店舗のレイアウトに奔走しておりました。

ゴールデンウィーク中に引越しを進め、新しい机やイス、収納庫など多数の事務備品を購入し、綺麗な事務所で期待に胸をふくらませていたと思います。開店準備の中で私が最初に取り組んだのが、会社のロゴマークを作成することでした。

友人が広告代理店に勤務していましたので、事情を説明し、作成してもらいました。幾つかの案から不動産会社であることが容易に分かるようなデザインに決め、現在も使用していますロゴマークが完成しました。
店舗の外観、名刺、看板などあらゆる媒体にこのロゴマークを使用し、統一感をだすことで相乗効果を演出して知名度を上げるようにしたいという思いがありました。

弊社の強みである管理物件や駐車場が多数ありましたが、取り付けられている看板は統一性がなく、デザインもバラバラでしたので、ロゴマークを使って統一したデザインの看板に順次つけ替えていきました。
看板の制作で費用がかかりましたが、その効果は10年以上に渡って続いていますので、元は取れたと思っています。

また、店頭に物件を掲示するために利用するピクチャーレールのような仕掛けも自分でつくりました。当初は業者に発注することも考えていましたが、父の反対があり、費用削減のためコーナンに行って備品を取り揃え、3日程かけてつくったものを今でもそのまま使っています。

サラリーマン時代にはあまり考えていなかった経費の使い方について、はじめて考える機会にもなりました。予算をかけなくても、工夫すればそれなりのものが出来ることを感じ、とにかく何でも自分でやるという考え方に変えていくきっかけにもなりました。

通勤や買い物で賑わう駅前のガラス張りの店内で作業していましたので、多くの人に見られながら作っていたこと、資料を連結するS字フックの在庫が少なく、何度もコーナンへ足を運んで買い足したこと等を思い出します。

色々と準備して新店舗で営業開始できたのは、5月末頃だったと思います。

3代目奮闘記その2

新店舗がオープンしてまもない6月に創業者である祖父が病気で亡くなりました。享年91歳でありましたが、ショックは大きかったです。サラリーマンを退職したのも祖父の病状を考慮し、生きている内に私が家業に入ることで安心させたかったこともありました。

祖父は大阪市都島区で喫茶店を経営していたこともあったようですが、終戦後、建設会社での勤務経験を生かして独立し、昭和24年、池田市菅原町で田村商会を設立しました。昭和30年4月に最初の店舗前で撮影された写真を叔父からもらい、弊社のチラシやホームページにも掲載しております。ちなみに写っている人物は私の曾祖父です。

気を取り直し、仕事に励むものの、売買仲介の仕事で成果を上げることが出来ませんでした。7月には弊社で20年以上勤めていただいた方が独立するため退職されましたので、結果を残さなければならないとプレッシャーが強まっていたと思います。

10月になり、ようやく初成約する事が出来たのですが、その時の嬉しさは今でも覚えています。5ヶ月あまりの間、給料をもらうのが申し訳なく思う気持ちと焦りで悩みましたが、大手不動産会社のような金看板はありませんので、自分のブランドを確立し、顔と名前をどれだけ広めていけるかがこの商売では重要だと感じました。

その頃になって父が青年会議所やライオンズクラブなどに所属し、積極的に活動していた意味が分かってきました。人脈づくりだけでなく、自分を磨くために団体に所属し、切磋琢磨することで祖父の後を引き継ぎ、会社を守ってきたという重みを感じました。

そして、翌年平成13年4月に私も社団法人池田青年会議所に入会させていただくことになります。

3代目奮闘記その3

地域の不動産屋2年目になりますとお客様の増加と共に仕事の量も増えきました。当初はほとんどなかった売却の依頼も少し頂けるようになり、住宅仲介以外に不動産会社に購入してもらう事業用案件も扱うようになりました。いわゆる建売用地です。

一般のお客様とは違い、現地案内の必要もなく、購入の意思決定も早いのですが、価格面や契約条件面で独特の交渉や調整が必要になります。また、住宅仲介の場合は宅建協会などが作成した契約書を利用していましたが、建売用地の場合はその時の状況に応じて一から作成することもありました。当時会社に教えてくれる方はいませんので、知り合いに聞いたり、参考書等を調べながら作成していました。

法令の改正や訴訟の増加もあり、契約書や重要事項説明書の作成にはかなりのスキルが求められます。大手業者は色々な場面で利用する書式や契約書などをチェックする専門部署がありますが、地元の不動産屋には何もありません。全て自分で責任を負い、調査から書類作成まで行わなければいけません。しかし、ネットや参考書を調べただけで作成できるものではありませんので、悩んでいました。

この年の取引台帳を確認しますと事業用案件3件、住宅仲介13件の成約が出来たのですが、半分以上が買い側の仲介でしたので、大手業者が作成する契約書や重説を参考資料としてストックすることが出来ました。一般的に売却依頼を受けている業者が契約書等の作成をしますので、買い側の仲介が多い私にとっては貴重な機会になりました。

仲介の仕事は、成約件数を重ねるごとに調査力、注意力、交渉力、書類作成力等もついていきますので、勉強しながら仕事をしているような感覚でした。そして、建売用地の仲介をしたことで自らも事業主として開発事業に取り組みたいという想いが強くなってきました。

前職がマンションデベロッパーだったので、その時果たせなかった開発事業を勉強しながら銀行にも相談し、取り組む準備を始めたのが平成13年の夏頃からだったと思います。

3代目奮闘記その4

池田市姫室町で建売用地に適した300坪程の土地があり、仲介の不動産会社と共に何度か所有者の家に伺い、交渉を重ねていました。売主様は池田市でも有名な地主さんでしたが、何度も足を運んでお話ししているうちに色々な話をしてくださるようになり、弊社で購入することが出来ることになりました。

それから本格的に銀行へ事業計画や収支計画を提示し、融資申込みをしました。また、上下水道管やガス管の引き込み工事や造成工事の業者選定、金額交渉、工程の確認、役所への事前協議などを順次していきました。私にとっては全て初めてのことでしたので大変でしたが、開発事業の奥深さが身にしみて分かりました。

具体的には前面道路が私道であったため、道路の掘削同意を取り付けるのに苦労したこと、敷地の北側に指定建築線があり、それを廃道申請するための手続きに時間を要したこと、開発許可が必要ないように分譲するための方法などを考えて、役所と協議したこと等色々な課題や問題がありました。

また、通常であれば一括して工務店等に発注する仕事も全て分離発注することでコスト削減に努めました。その分想定外の出来事も多数ありましたが、警察への道路使用許可申請や電柱の移設、下水道管等の新設工事の申請や検査なども経験できましたので、とても勉強になりました。

建物建築工事に関しては、地元の工務店と契約し、すべて注文建築で対応しました。1件あたりプラン確定まで平均して5回の打ち合わせ、内装、外観等のデザインやオプション工事の打ち合わせに平均して4回ほど時間がかかりましたが、お客様の満足度は建売住宅に比べて高いものになったと思います。

7区画の分譲地でしたが、全て一人で販売し、打ち合わせも行い、それぞれお客様の希望に合う個性的な間取りや外観になり、街並みを創ることができました。顧客ニーズを知る機会にもなりましたが、住宅について勉強をさせて頂いた事業でした。

また、引渡し後も2年間は3回にわたり、点検とアフターサービスを行い、補修工事なども対応させていただきました。残念ながら工務店が倒産してしまいましたので、一部のお客様は3回目の点検時に工務店の立ち会いが出来ませんでしたが、弊社で責任を持って補修工事をさせて頂きました。

平成14年はこの姫室町プロジェクトにほとんどの時間を要していましたので、住宅仲介は7件しか成約できませんでした。しかし、不動産会社の醍醐味でもある開発事業に携われたことで今後の事業展開に幅を持たせることが出来たと思います。

3代目奮闘記その5

平成15年は、大手不動産会社で10年以上営業をしていた優秀な方が友人の紹介で弊社に入社することになり、新しく営業の社員を迎えることになりました。新しい社員の豊富な知識と経験を参考にしながら、2人で協議して書式等の改定を行い、お客様にとってわかりやすい資料づくりやチラシの作成が出来るようになりました。

以前に悩んでいた重要事項説明書や契約書の特約なども色々と資料を収集し、大手不動産会社に引けを取らない内容を備えることが出来たのもこの頃からです。今まで一人で考えていた営業戦略なども2人で協議できるようになったことが大きな変化であり、社員の存在を心強く思っていました。

また、池田市室町で管理していた月極駐車場を地主さんから購入し、はじめて宅地分譲事業も行いました。建築条件なしの土地分譲でしたので、造成工事も簡単に終わり、現地に看板を設置して売却活動を行い、短期間のうちに3区画完売できました。

この年は仲介件数も17件の成約があり、姫室町の残1区画と室町の宅地分譲3区画の事業もあり、今までにない業績を残すことができました。しかし、良いことがあれば悪いことが起こるということを実感した年でもありました。

平成15年10月22日、社長である父が脳卒中で突然倒れ、逝去するという想定外の出来事が起こりました。水曜日でしたので私は自宅におりましたが、先輩から連絡があり、ゴルフ場で父が倒れたとの一報を受けました。

急いでゴルフ場に駆けつけますとタオルにくるまれた父がティーグランドの横に横たわっていました。そのゴルフ場でたまたまプレーしていたお医者さんが3名懸命に人口呼吸などをしてくれたようですが、父の意識が戻ることはありませんでした。

享年61歳という若さでしたし、あまりにも突然でしたので、ショックは大きく、何から手をつけていいのかも考えられない状態でした。そんな時に支えてくれたのが、JCの先輩やメンバー、父の知人、友人の皆様と家族、社員でした。

悲しみに暮れている暇はない、自分がしっかりとしなければ、会社の存続も不安視されると心に言い聞かせ、葬儀などを手配し、挨拶回り、各種手続きなどを順次こなしていきました。年末まで休みもなく、心身共に疲れ果てていました。

そして、この年から売買仲介を専門とする田村商会と賃貸の仲介管理を専門とするアミティーハウスの代表取締役となり、2つの会社を経営していくことになりました。

3代目奮闘記その6

代表取締役に就任して最初に考えたことは、受け継いだ会社を進化、発展させるために何をすべきかということでした。改めて会社の歴史を振り返り、強みと弱みを書き出して、地元の不動産会社としてどうあるべきか、どうすれば生き残っていけるのかを考えました。

そこで、会社のめざす道をはっきりと定めて社員にも理解してもらうために経営理念や営業方針を定めることにしました。

企業理念
「地域のナンバーワンではなく、オンリーワンの不動産会社をめざす」

基本方針
・社内のチームワークを重視し、報告・連絡・相談を徹底する。
・常にコスト意識を持ち、目標を達成する。
・親切・丁寧・愛想よく、不動産のプロとして自信を持って接客する。
・何事にも前向きに考え、積極的に行動し、チャレンジする。
・初心を忘れることなく、どんな人にも謙虚な姿勢で応対する。

を策定し、社内ミーティングで説明しましたが、なかなか浸透したとはいえない状況でした。しかし、繰り返し言い続けて自らが実践していけば、やがて身についてくれるものと思っていました。「事業は人なり」と松下幸之助さんもおっしゃっていますが、人材育成の難しさは今でも実感し、悪戦苦闘しています。

また、自分自身が社長として社員に認めてもらえるように、まずはしっかりと成果を上げて、背中を見せることから始めていこうと思いました。

次

ご挨拶
私の履歴書
  
弊社の特徴
田村商会
アミティーハウス
TVコマーシャル
2006年8月 MBS毎日放送で
スポットCM 20本放映
2007年8月 ABC朝日放送で
スポットCM 50本放映